プノンペン出張報告 2日目

前回に引き続きましてプノンペンの出張報告です。034あホテル前に停まっていたトゥクトゥクのドライバーから声をかけられました。最初に声をかけられたのが、この方、トゥアーさん(後に改め、ジョンさん・・・)。にもかかわらず横取りしようと方々から他のドライバーさんから声をかけられますが、先手優先で、トゥアーさん(後に改め、ジョンさん・・・しばらくトゥアーさんでいきます。)に依頼。今日はカンボジアの歴史を学ぶ日。外せなかったのが、キリングフィールドとトゥルースレン収容所(現博物館)です。両方まわりたいという意図を伝え、値段交渉。It is too expensive….But killing field is too far….というわけで納得。でもこの最初の値段交渉の潔さがトゥアーさんとの信頼関係の構築にとっても役立ったような気がしています。

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とある事情でどうしても気になる建設現場。単管足場、竹足場、相変わらずこの地方の建設現場は危険極まりません。でも価値観の違いは日本との考え方の違いに現れ、かけがえのない命と思っているのは案外豊かな国だけなのかもと考えさせられます。だから「人間尊重の経営」を世界中に広めて、子どもを含む家族が世界中で幸せでいることが私の理念になっているのです。 016こちらは独立記念塔。カメラを向けたら、トゥアーさんはトゥクトゥクを停めてくれました。道路のど真ん中でクラクション満載での撮影です(^^;

ここからショッキングな写真も登場します。予めご留意ください。

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最初はキリングフィールドです。1975年4月から1978年1月まで4年弱続いたポルポト政権で遂行された社会主義改革のもと、知識人はその家族も含め反革命分子として捕えられ、拷問の末に殺されました。(みなさん、是非、自分の年齢と照らしあわせて思いをはせてください。私は3歳半から6歳までがポルポト政権の時代ということになります)拷問は後述するトゥルースレン収容所などで行われ拷問・殺害はキリングフィールドで行われました。もっとも有名なキリングフィールドはチュンエク村にあります。036 037入場料は6ドルです。 入り口でガイド音声を無料で借りられます。「日本語」版もあります。ガイドさんを雇わない場合は絶対に借りた方がおすすめです。私は英語版を・・・とカッコつけずに日本語版を借りました。

038 040これが記念碑です。 中の写真はあとで掲載します。041ポルポト政権は極端な共産主義体制を理想に掲げ、農業により自給自足を目指すため、政権を得たのち、3日間の間に農場へすべての市民を強制的に移動させます。共産主義社会において農民は英雄とされますが、実際には強制労働を強いられるとても厳しいものだったようです。さらに知識人とされる教師などはポルポト派の秘密幹部会であるアンカーの指揮のもとクメールルージュにより捕えられ、300万人もの人が虐殺されます。当時のカンボジア人口の4人に1人とのことです。この数字を聴くと統計的に考えてしまう自分が嫌になってしまいますが、何人に一人ではなく、一人一人の悲劇に目を向けなければなりません。また知識人の家族は子どもを含めて殺されました。あとあとの報復を恐れてのことです。043 045 046 047これが記念碑です。殺害された人の性別や殺害のされ方などに分類され17段に渡って展示されています。048049 050 051どのように殺害されたか道具の展示と共に説明されています。とても怖いです。本当に怖かったですし、拷問や惨殺された方々の無念を思うと胸が痛みます。

「罪のない人を誤って殺すのは、罪のある人を殺し損ねるよりマシである。」

ポルポトの言葉だそうです。

052 053 054 055056 057 058 059 060 061 062 064 065 069 070 072 074 075 076 077078079 080 081場内で見つけた鶏親子。死をテーマにしたこの地に、命を繋ぐシーンを見られてほっとします。083 084 085 086 087089 091これがキリングツリー。赤ん坊をこの木に打ち付けて殺害し、その傍の穴に多くの赤ん坊の遺体が埋められたとのことです。知識人、報復を恐れてその家族、殺害そのものが絶対に許せないものですが、殺害方法も残虐なのはどうしてでしょうか。思想・信念のために人間性が極端に損なわれた時代背景があったのでしょうが、その当時の情景を思い起こすと思いいたたれません。後述のトゥルースレン収容所には子どもと引き離される母親を描いた絵が掲示されています。人として、最も愛すべきものと強制的に引き離され、しかも殺されていくという極端にひどい時代を見て、やはり繰り返してはならないと感ぜずにはいられません。092 094095最後のこの木はマジックツリーと呼ばれています。ここから常時、音楽が大音量で流され、所内の人たちを鼓舞したとされています。極限状態を強いられる状態のなか、大音量の音楽により思考の自由までも排除される状態だったのです。

キリングフィールドの最後に場内で上映されていた動画を掲載します。

次はトゥルースレン博物館です。その前に昼食と思い、トゥアーさんを誘いました。

104そこで、色々トゥアーさんのお話を伺いました。奥さんと子どもが二人。その家族はベトナム国境近くに住んでいるとのことです。弟さんとともにトゥクトゥクで出稼ぎ状態にありたまにしか帰れないという話でした。

そんなトゥアーさんから夕方飲みにいかないかというお誘い。もちろん快諾。夜がとても楽しみになりました!(^^)

そして、次はトゥルースレン博物館です。

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もともと高校だった校舎を使って、ポルポト政権時代にここで尋問、拷問が行われていました。4棟の建物に尋問室や独房などが残されています。収容された人たちの写真や当時の様子を描いた絵、道具なども展示されています。

建物の中は撮影禁止だったので、外から撮影したものしかありません。 112
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これで今日の目標は達せられたのですが、トゥアーさんがオマケでもう一か所連れて行ってくれました。ワットプノンです。
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ワットプノンはプノンペン市内にあるお寺の一つ。1372年に、ペン夫人が建立したもので、丘の上の寺で「ワットプノン」と呼ばれています。ペン夫人とワットプノン。そう、プノンペンの名前の由来になった人とお寺なんです。

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そしてホテルへ一旦戻り、夕方の再開を約束してトゥアーさんと一旦お別れ。今度は徒歩で町を散策しました。

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こちらがメコン川。ちょうどトレンサップ川と合流する地点です。地図でしか知らなかったメコン川を実際に見ることができとてもうれしいです。この川に沿ったカンボジア、ミャンマー、ラオス、タイ、ベトナムが奨学金でサポートさせてもらっている国々です。いつか全部行きたいと考えています。

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王宮やパゴダ(寺)、国立博物館など見どころはたくさんあります。全部徒歩圏内なので、今回のホテルは本当によい立地ですね。格安でスタッフも親切。とってもお得です。

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プノンペンの川沿いに並ぶレストランは昼にハッピーアワーとしてビールなどを安く出してくれるお店がたくさんあります。アンコールビールの生が2杯で1ドル。ビール好きにはたまりません。

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町でよく見かけるコンビニ。そしてその近くでマーケットを見つけました。散策ムービーを作成しましたのでどうぞ!!(無言で歩き回ってるだけですが・・・)

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そしてマーケットを出たところでローストチキンを売っている屋台に目をうばわれ、でも1羽まるごとは食べられそうに無いのでウズラを購入。こちら1ドルでした。色々散策しているうちに夕方になってきましたので、ホテルに戻ってウズラをいただいたあとトゥアーさんと合流。
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こちらがお店の看板。

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生野菜と牛ステーキ。香辛料のタレが独特でおいしかったです!
182これがタワービール。カールスバーグ。何リットル入っているのかわかりませんが29000R(リエル)。日本円にして約900円。トゥアーさんとしこたま飲みました(^^)

183そしてトゥアーさんの弟ペイさんも合流。まだ仕事中ということでアルコール無しで少し会話を楽しみました。ここで、トゥアーさんの名前がジョンさんだったことが判明(^^; 今までトゥアーさんと呼んでいたのは何だったのでしょうか・・・まぁいっか。

184188ジョンさんにホテルまで送ってもらってナイトマーケットを散策。
189190ものすごい活気です。ステージでは大音量でライブが行われています。
1921本2ドルのGパン専門の古着屋さん。1本欲しいなぁと探していたらリーバイスのタグを見つけて、サイズもいけそうなので購入(^^) 明日はいてみます。
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そして屋台へ。アレを探しているのですが、見つかりません。

このあと少しショッキングな食べ物の写真が出てきますのでお気を付け下さい。
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屋台でいくつかの品物を注文。シンプルな味付けで全部おいしかったです(^^)
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で、これは何かと・・・私はゆで卵のつもりで買ったのですが、孵化しかけの卵でした。皮をむいて、写真をとって、目をつぶってガブリ。味は卵のような違うような・・・おいしかったんですけど・・・
205最後はコンビニで缶ビールを購入し、夜のメコン川を見ながらのんびりしました。

「缶ビール片手にちょっとメコン川でひといき」

贅沢ですね。

今日はカンボジアの歴史のなかでとても悲しい部分を中心に学びました。

ジョンさんやホテルのスタッフの方々などはとても親切で真面目です。この国民性はミャンマーのヤンゴンで会った人たちと似ているように思います。街も活気にあふれています。3日目はまた視点を変えてプノンペンを感じたいと思います(^^


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